「一人が好き」と言うと、
「寂しくないの?」
「強がってるだけじゃない?」
そんなふうに聞かれたことはないだろうか。
英語には、同じ「孤独」でも
loneliness と solitude という、まったく意味の違う言葉がある。
lonelinessは、つらくて満たされない孤独。
solitudeは、自分で選んだ、静かでポジティブな孤独だ。
ところが日本語では、どちらもまとめて「孤独」と訳されてしまう。
実は日本語には、「ポジティブな孤独」を一語で表す言葉が存在しない。
一人でいるのが好きなのに、
なぜか説明が必要な気がする。
少しだけ、後ろめたさを覚える。
それは性格の問題でも、心の弱さでもなく、
言葉が追いついていないだけなのかもしれない。
lonelinessとsolitudeの違いとは?【同じ「孤独」でも意味が違う】
英語では、孤独は一種類ではない。
lonelinessは、
・人とつながれない
・望んでいないのに一人
・欠けている感覚
を含んだ、ネガティブな孤独だ。
「本当は誰かといたいのに、そうできない」
そんな状態を指す言葉でもある。

一方のsolitudeは、
・自分で選んだ
・静かで
・満たされている
一人の時間。
誰かがいないから不幸なのではなく、
一人でいることで整う状態を表す。
同じ「一人」でも、感情の向きはまったく逆だ。
日本語で「ポジティブな孤独」を表す言葉はある?
では、日本語にsolitudeに当たる言葉はあるのだろうか。
思いつくものを挙げてみても、どれも決め手に欠ける。
- 独り(ひとり)
→ 状態説明であって、感情がない - 孤高
→ 強くて格好いいが、日常では重すぎる - 一人時間/自分時間
→ 近いけれど、少し軽く、深さが足りない
「間違いではないけれど、これじゃない」。
そんな感覚が残る。
日本語では、
孤独=寂しい
孤独=かわいそう
というイメージが根強い。
そのため、
「一人が好き」
「誰とも会わずに過ごしたい」
という感覚が、少し言いづらくなる。
なぜ日本語にはsolitudeに当たる言葉が存在しないのか
理由のひとつは、日本語が集団前提の言語だからだ。
日本では昔から、
・和を乱さない
・空気を読む
・一緒にいることが安心
といった価値観が重視されてきた。
その中で「一人でいる状態」は、
どうしても
「寂しい」
「問題がある」
と結びつきやすかった。
だから日本語では、
孤独はネガティブな文脈で語られることが多く、
肯定的な孤独が言葉として定着しなかった。
日本語は言葉ではなく「空気」で孤独を表現してきた
ただし、日本語が「一人の時間」を否定してきたわけではない。
日本語は、
言葉で定義する代わりに、感覚や余白で表現する。
- 侘び寂び
- 間
- 静けさ
- 余白
これらはすべて、
「誰ともいないこと」そのものではなく、
一人でいるときに生まれる感覚を肯定している。
つまり日本語では、
solitudeは名詞にならず、
情景や状態として存在してきた。
日本語でポジティブな孤独を表すにはどう言えばいい?
日本語では、一語で言い切ろうとしないほうがいい。
代わりに、文章で表す。

- 一人でいるけど、寂しくない
- 誰にも邪魔されない時間
- 静かに自分に戻る感じ
- 気を使わなくていい状態
少し長くなるけれど、
それが日本語らしい表現でもある。
「一人が好き」でもいい|言葉がないだけで感覚は間違っていない
「一人が好き」と言うと、
理由や説明を求められる社会。
でもそれは、
あなたの感覚がおかしいからじゃない。
ただ、
その感覚に、日本語の名前がまだついていないだけ。
静かで、満たされていて、
自分で選び取った一人の時間。
それは孤独ではない。
英語で言うなら、きっと solitude。
言葉がないなら、
文章で言えばいい。
そして、その感覚を持っている人は、
あなた一人じゃない。
ぼっち女史戦記 
