もう若くないんだな、と実感する季節
12月に入ると街がキラキラ、イルミネーションが眩しい。
幸せそうなカップル、楽しそうな家族連れ、そしてどこからともなく漂ってくるフライドチキンと生クリームの甘ったるい匂い。
昔は「ああ、クリスマスだ!」と心が躍っていたのに、今はあの匂いを嗅いだだけで胃が「ちょっと待て、話し合おう」と緊急会議を開くレベルだ。
チキン、昔は無限に食べられたのに
子供の頃のクリスマスといえば、ケンタッキーのバーレルがドカンと登場。
家族で「骨は俺の!」「皮は私の!」と軽く喧嘩しながら、気づけばバーレルが空っぽ。
次の日も冷めたチキンを朝ごはんに食べ、昼は残りの皮をむしゃむしゃ。
あの頃の胃袋はブラックホールだった。
今は違う。
コンビニのホットスナックコーナーに近づくだけで、油のオーラが「来るな…」と拒絶波を発してくる。
「クリスマスチキン予約受付中!」のポスターを見た瞬間、頭に浮かぶのは「脂質爆弾」「動脈硬化へのカウントダウン」。
一本食べたら「もう満足!」ではなく「もう動けない…」になる。
翌朝、鏡を見ると顔がテカってるのは気のせいではない。

ケーキも、ほんの一口で十分です
そして最大の敵、生クリームの山。
ショートケーキのあの白い雪景色を見ただけで、昔は「全部私の!」と目を輝かせていたのに、今は「誰か助けて…」と心の中で救急を呼ぶ。
一口目:おいしい♡
二口目:まあまあ…
三口目:もう限界。
四口目は物理的に無理。
残りは冷蔵庫でカピカピになる運命だ。
イチゴの下のスポンジが、まるで油を吸ったキッチンペーパーに見えるのは私だけか?
いや、きっと同じ症状の人は全国に数百万いるはずだ。

若いころはよかった。
フライドチキン? 余裕。
生クリームたっぷりのケーキ? 別腹。
胃袋は24時間営業、しかもメンテナンス不要。
翌朝にダメージが残るなんて、想像もしなかった。
昔は二郎系を野菜ニンニクマシマシで平らげて「まだいける」と味玉トッピングを追加していたのに、今は普通の家系ラーメンを食べただけで「背脂が体中を泳いでる…」とベッドでうめく。
翌日は顔がパンパンに浮腫んで、鏡の自分が「誰?」状態。
「ラーメン二郎」は今や「ラーメン地獄」なのだ。
若い頃はカルビ→ハラミ→タン→ホルモン→カルビ→締めの冷麺→デザートの杏仁豆腐まで完走。
今はカルビ3枚で「もういいや…」となり、残った肉を前に「ごめんね、食べられなくて…」と心の中で謝る。
油が胃に溜まって、帰り道で「このまま動けなくなったらどうしよう」と本気で考える。
年を取ったというより、体が正直になっただけ
これって単なる老化?
いやいや、違う(と自分に言い聞かせている)。
体が賢くなって、無駄な油と糖を「いらん!」と拒否するようになっただけ。
若い頃は勢いだけで押し込んでいたものが、今は「本当に必要?」と冷静に判断するようになった。
一種の進化、自己防衛本能の覚醒だ。
40代のクリスマスは自分との交渉で始まる
今のクリスマスの主役は、チキンでもケーキでもない。
「どこまでなら無理をしないか」
「明日も普通に動けるか」
この、現実的すぎる自分との交渉がすべて。
おひとりさまなので、止めてくれる人はいない。
同時に、煽ってくる人もいない。
全部、自己責任。
低所得40代、そもそもケーキは贅沢品
正直に言うと、胃の問題だけじゃない。
ケーキ、高い。
ホールケーキの値段を見ると、
「これで何日分の食費…?」
という計算が先に来る。
チキンも、「1本◯円か…」
と冷静になる自分がいる。
夢より現実。
それでもクリスマスを楽しみたい
とはいえ、クリスマスを楽しみたい気持ちはある。
チキンは一口だけ、ケーキは小さなカットを買って、温かいハーブティー片手にのんびり映画を見る。
「昔はあんなに食べられたのになあ」と笑いながら昔を思い出すのも、立派なクリスマスの楽しみ方。
油と生クリームが敵になったって、クリスマスの魔法はまだ消えていない。
ただ、少し(だいぶ?)大人になっただけ。
……そう信じて、今年も「小さいケーキ」を一つだけ買おう。
もちろん、翌日後悔するのは目に見えているけどね!
ぼっち女史戦記 
