おせちを食べない正月ってダメ?安定のぼっち元日

おひとりさまのお正月

年越しは仕事、元日は爆速帰宅から始まった

新しい年が明けました。
私は今年も、年越しを利用者さんのお宅で迎えました。

仕事納めと仕事始めが同時に来る、あの独特の感じ。
元旦の道路は、いつもなら確実に渋滞する場所もガラガラで、
びっくりするくらい爆速で帰宅できたのが、ささやかな幸せでした。

でも、家に着いた途端——
何もしたくない。

子ども達からの連絡はなし。(元気でやってるのかな〜?)
「あけおめ」を交わす友人も知人も特にいない。
年が明けても、安定のぼっちです。

年越しそばは、利用者さんと一緒に食べた

昨晩、ちょっと心があたたかくなる出来事がありました。
なんと利用者さんが、私の分まで年越しそばを用意してくれていたんです。

2人で並んでそばを食べました。
介助しながらの食事なので、正直かなり慌ただしかったけれど、
それでもちゃんと、美味しかった。

「年越しって、こういう形もあるよな」と思えた瞬間でした。

家に帰っても、正月らしいものは何もない

さて、自宅。
正月感はゼロ。

  • おせちなし
  • お雑煮なし
  • 正直どちらも、そこまで好きじゃない

代わりに食べたのは、
年末に買っておいた値引きされたチキチキボーンとサラダ。

……決して、クリスマスを引きずっているわけではありません。
ただ、それが一番ラクで、冷蔵庫にあったというだけ。

おせちを食べない元日って、やっぱりダメ?

ここでふと思いました。

おせちを食べない元日って、ダメなんだろうか?

世間では

  • 元日は家族でおせち
  • お雑煮を食べる
  • 新年の挨拶をする

みたいな「正しい正月像」が、今も根強く残っています。

お節料理

でも実際はどうでしょう。

  • 仕事の人もいる
  • ひとりの人もいる
  • おせちが苦手な人もいる
  • そもそも準備する余裕がない人もいる

それでもちゃんと、年は明けるし、生活は続いていく。

自分に合ったお正月を

おせちは本来、
「正月に台所仕事を休むため」
「保存がきくものを食べるため」
という、合理的な理由から生まれた文化。

今の生活に合わなくなっている人がいても、全然おかしくない。

  • 食べたくないものを無理して食べる
  • 疲れているのに正月っぽく振る舞う

その方がよっぽど、しんどい気がします。

元日は「迎えられただけで合格」でいい

私は、

年越しは仕事をして

利用者さんとそばを食べて

元日はチキチキボーンをかじって

誰とも「あけおめ」を交わさずに過ごしました

でも、それが良くない事とは思っていません。

むしろ
無事に年を越して、怪我もなく帰ってきた
それだけで、十分じゃないでしょうか。

おせちを食べない元日があってもいい

おせちを食べなくてもいい。
雑煮を作らなくてもいい。
ひとりで何もしなくてもいい。

元日くらい、
「こうあるべき」を手放してもいい日だと思います。

もし今日、あなたが
コンビニごはんや、残り物や、好きなものを食べているなら、
それはそれで、ちゃんとした元日です。

ぼっち女史より、ちょっとしたごあいさつ

このブログを始めて、まだ数ヶ月。
正直なところ、読者は多くありません。

それでも、
こうして誰かが読んでくれているかもしれないと思いながら、
日々のことや、思ったことを、ぽつぽつ書いています。

家族団らんでもなく、
キラキラした正月でもなく、
安定のぼっちで迎えた元日ですが、
そんな日常を「それでもいいよね」と言える場所として、
このブログを続けていけたらと思っています。

まだまだ手探りですが、
ぼっち女史を、どうぞよろしくお願いします。

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